猫好きと公言し、SNSのアイコンが猫の場合はおおよそやばい。

宗教関連に特化した学術誌『journal for the Scientific Study of Religion』で『無神論者は猫をペットとして飼うケースが多い』という研究論文が発表されたという。

 

オクラホマ大学で社会科学・宗教学などについて研究しているサミュエル・L・ペリー氏が率いる研究チームが、2000人のアメリカ人を対象にペット所有に関する調査を実施しました。調査の結果、週に1回以上教会へ行き礼拝すると回答した「宗教に熱心な」人は、平均して1.4匹のネコを飼っていることがわかりました。それに対して、教会へ礼拝に行く習慣のない「無宗教」な人は、平均2匹のネコを飼っていたそうです。

ペリー氏によると、教会に足繁く通う熱心な人は、活動の中で適切な社会的相互作用を得るそうです。それに対して、無宗教な人は社会相互作用に飢えているため、手間のかかるネコを好む傾向にあるとのこと。(引用:https://gigazine.net/news/20200116-cats-preferred-atheists/)

 

簡単にまとめると、神に求めるものをネコで代用しているというのだ。なんとなく意味は分かる。神を他のもので代用して崇めているということだろう。しかしながら、猫である必要はないと共に、もはや無神論者ではなく猫という神を崇める有神論者であることに違いないと思ったからだ。

個人的な意見として神を信じている人は総じてヤバいと思っているので、猫好きという有神論者に、猫に妄信してしまわないように警鐘を鳴らしたい。

 

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そもそも猫が好きというヤバさについて

 

「ちょっとだけ上目遣いの猫」の写真

 

数ある動物の中で猫は『自由奔放・甘えん坊・マイペース』など言われているが、言い換えれば『自分勝手』ということだ。猫科の動物にはライオン・トラ・チーター・ヒョウなどの代表的な肉食動物がおり、その仲間である猫も同じような性質/性格をもっている。単独行動により狩りを行ってきた過去があり、その習慣が身体に組み込まれているので協調性をあまり持たない。そのため気分がコロコロ変わり甘えたり、時にはそっぽを向くことだってある。

しかしながら個体差はあるものの、犬の場合は忠犬と呼ばれるように基本的には飼い主に懐き言うことを聞いてくれる。少々言い方が悪いかもしれないが、言うことを聞いてくれるのであれば育て甲斐もある。時にはご主人を守ってくれることだってある。

そんな犬という社交的な動物がいるにも関わらず、猫という自分勝手な動物を飼って育てると決めている時点でどうかしている。まるでクズ男を彼氏にしている彼女のようで母性があるとオブラートに包んでおこう。

確かに猫は可愛い。だが恰好、形を無視すれば圧倒的に犬が有利なのは言うまでもない。容姿以上に猫の良さは何があるというのか?ご教授願いたい。

 

猫のアイコンはやめた方がいい。

 

 

猫の性格は前述でも述べたように自分勝手だ。いくら好きだからといって自分の飼っている猫をSNSのアイコンにしてしまうのは良くないと思う。アイコンは自分を指し示す大きな役割を果たしているので、猫のアイコン=自分と相手が誤認してしまう可能性がある。というのも事実そうなってしまうのが僕だ。

 

歪んでいる考えかもしれないがこれには理由がある。昔別れた彼女がすぐさまLINEのアイコンを猫に変えていてとてつもなく引いた経験を持つからだ。さらに言えばその子は猫を飼っておらず、拾い画像という点で完全にあの子は猫なんだろうと思ったからだ。

 

話を戻してとにかく…猫アイコンの人はなんだか自分勝手な印象があり、少し敬遠してしまいがちだ。自分の飼っている猫が可愛いのは十分、分かるがせめて一緒に写っている画像であれば誤認することもなくなるだろう。

 

神は死んだ。

 

「神様一生のお願いです」の写真[モデル:あんじゅ]

 

最も虚無主義の無宗教である僕にとって神という言葉はもはやいらないとすら思っている。『神は死んだ』この言葉をご存知だろうか?

ドイツの哲学者フリードリヒ・ニーチェの言葉でニヒリズム(虚無主義)を表す言葉で知られている。昔から宗教上の魂・神・霊などが重んじられてきたが、現実を見れば栄養・健康・住居といった人生の重要なことが軽んじられてきたことを提唱したのだ。

自己維持のために必要な世界解釈を行う。強者は自己を善とし、弱者を「劣悪」とする。これに対して、弱者は虚構の世界解釈を行うのであり、一例はキリスト教である。畜群的な弱者は、強者の価値観を転倒させ、支配的な強者を「邪悪」とし、自己正当化する。(引用:Wikipedia)

つまり、強者を強者と見ず、悪と捉える謎の弱者優遇宗教はおかしいと唱えたのだ。

 

結論としてそもそも神はいないのだ。自分が弱いために神という存在を作り、自己を正当化し生きる価値を見出す。猫という神を作り出すのであれば、それはやめた方がいい。猫に振り回されるだけだ。猫は猫として扱うのが妥当であると考える。

 

まとめ

 

猫に妄信してしまえば大切な自分のことを忘れがちになってしまう。猫が好きなことは良いことだと思うが、今一度猫との関係性について考えて頂きたい。決して批判しているわけではないので、猫好きの方に不快感を与えてしまっていたら大変申し訳ないと思う。ちなみに僕は犬が好きです。

 

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