【哲学】応援されることが必ずしも良いことではない

 

先日、哲学について勉強する機会があって少し感化されたので

その時感じたことや考えたことを書き残したいと思います。

 

最近ではYouTuberや副業、起業あるいはフリーランスで働く人が

ポツポツ増えてきて日本の人がチャレンジャー傾向にあるなと思います。

反対にそうでない人もいて『どうせ無理なのに』『(無知ゆえに)何を頑張っているだか…』と恋人や友達、あるいは家族に思われることもしばしばあることでしょう。挑戦するだけなのに、それが嫌で恋人と別れましたなんてことも耳にします。

 

man wearing black shirt and gray shorts on mountain hill beside mountains under white and blue cloudy skies

 

もちろん同じような思考をもっていたり、自分にはできないけど応援したいと感じて応援してくれる人も中にはいるでしょう。僕自身そういった方々に支えられてこのブログを運営できています。

 

『応援してもらうこと』や『応援すること』は良いことです…

ただ僕はこの言葉にある一つの抜け道を見つけてしまいました。

それは極端な話『僕はヤンキーになりたい』という人がいたら

果たしてあなたは応援するだろうか?

 

 

良いことは応援し、良くないことは応援しない

 

 

はい, いいえ, 機会, 意思決定, 女性, 比較, 顔, 重量を量る, 優柔不断, 未定, 混乱, バランス

その答えはきっと『NO』でしょう。

これは例えですが、学生の時に仲の良い友達がヤンキーになりたいなんて言い出したら、僕は止めると思います。

ヤンキー=悪ではありませんが、メリットは少ないでしょう。理由はどうであれなんでもいいから勉強した方がいいと思います。少なからず僕の意見が多いと思います。

 

しかし現にヤンキーの人ならこういう人もいるでしょう。

『なればいいじゃん、喧嘩上等!!』と応援し、あなたのしたいことを肯定するでしょう。

 

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つまり僕が言いたいことは『その応援は良いことですか?』ということを投げかけたいのです。あなたの周りにいる応援してくれている人も果たしてテキトーではなく自分のすることを理解して応援してくれているのだろうか?

 

 

バカとは付き合うな

 

 

結局のところ、バカとつき合っている人は自分のバカにしかならないということです。バカなことを応援されるし、良いことを批判されることもあるかもしれない。

 

しかしバカではない人とつき合っている場合は自分のやりたいことが良いことであれば応援してくれるし、良くないことであれば応援しないのです。自分の質や価値が上がるので、バカではない人とつき合った方がいいのです。

 

『応援されたり、すること』は良いことだという概念をもっていたので、ただただ先人の概念をぼんやりと自分の中に持っておくことは危険だなと感じました。

 

ソクラテス

 

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哲学といえばソクラテスだが、ここにある有名な話があります。

ソクラテスはある学者に『勇気とは何か?』と問いました。

すると学者は『逃げずに敵に立ち向かうことだ』と言いました。

そこですかさずソクラテスは『では、四方八方囲まれたらどうだ?』と問います。しかしそこである学者は答えられなくなるのです。

 

またもう一つ『欺くことはどうだ』と問います。

それは全員が『悪だ』と言いました。

そこでソクラテスは『ナイフで自殺したい友達の目の前にあるナイフを隠して、知らないと嘘ついたらどうだ』と問います。

それはみんな『善だ』と答えたのだ。

 

 

blue ballpoint pen on white notebook

 

概念とは難しく人それぞれ異なります。この現代にも実は間違った固定概念がまだ蔓延っているかもしれません。自分の頭でしっかり考えてその思考はあっているのかあっていないのかを疑うことも大事です。

 

また自分の思考に影響を与えているのが周りの環境です。友達の意見や家族の意見が正しいのか正しくないのか、それを考えるのも自分自身です。もし今『家族に応援されているから頑張る!』と思っていることが、社会に悪影響を与えることなのかもしれませんよ。

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